シャンシャンシャンシャン鐘が鳴る。
十二月ともなれば世間は町をクリスマス一色に染め上げる。
火影となって何度目かのクリスマス。
第四次忍界対戦といった大きな節目もさることながら、忍は日常での任務で命を落とすこともある。
任務中に命を散らした者達は、英雄として慰霊碑に名を刻まれるが、残された家族達は大切な者を喪った後にも生きていかなければならない。
大人であれば、忍はそういう生き方だと納得はしてくれる。
それでも残された子供達は家族とサンタを同時に失う。
仕方ない、は言いたくない。
新しい時代なのだ。
不足を諦めろと叱責するのではなく、欲しいものに臆すること無く手を伸ばせるよう育って欲しい。
里の子供達には出来るだけ夢を見させてやりたい。
遺児達がせめてアカデミーを卒業する年齢くらいまでは、火影がサンタを請け負うことが取り決められた。
月次取り決めの会議でもって、火影がサンタクロースとして子供達にプレゼントを渡すことに異議を申し立てる者は居なかった。
予算は俺のポケットマネーから出すといった事も大きいだろう。
大体の事は、金さえ調達出来ればそこそこなんとかなる。
そのなんとかついでに、忍術アカデミーへと孤児のリストを作ってもらう事となった。
共同責任者として忍術アカデミーの校長でもあるイルカ先生を指名した。
何かしら理由をつけて一緒に過ごしたかった事は否定しないが、恋の欲目だけではない。
実際にこの人はアカデミーの統括者であり、受付所にも長く業務に携わっていた。
俺よりよほど里の中の末端までの人間関係を掌握している。
お陰で事務方の仕事は完全に終わったつもりでいたわけだが、当然ながら甘かった。
先生が有能なもんだから、会議の終わった後にそっと耳打ちされる。
特殊暗殺部隊。
その一言で理解した。
そうだ。
忍術アカデミーの生徒達はともかく、暗部あるいは就学前の忍の子供については、一般の忍では手に入れられない。
やはり俺が何かしら確認しなけりゃ何も進まないって事かと、完璧に自縄自縛の罠にはまった。
自分から買って出たサンタクロースなわけだから、金さえ出せば終わりになんて出来る筈もないってことか。
「ま、先生には見せられないんだけど、俺のリストはなんとか出来ました」
チラリとシカマルが俺を見る。
わかってるって、リストはお前が作ってくれた物を俺がチェックしただけだってこと。
イルカ先生だってお前に頭下げてんだし、内情はわかってくれてんでしょ。
別に成果のピン跳ねなんかしないから。
「俺のもどうぞ」
イルカ先生からアカデミー関連と託児所、孤児院といった一般的な孤児の子供のリストを出される。
あとは俺のリストとイルカ先生のリストで重複している分を消せばいい。
手元のリストにチェックをつけて、重複を消してゆく。
「そういや当日は本当に二人で行くんですか?」
イルカ先生にコーヒーを出しながら、シカマルが不思議そうに俺とイルカ先生を見る。
わざわざ火影が直々にサンタクロースなぞしなくても、他の人に任せればいいじゃないかと言外に滲んでいる。
「楽しいことだし、たまにはいいかなって」
何やら含みをもたせる目付きで見られたが、もう今さら引く気はない。
せっかくイルカ先生と二人きりの時間。
ましてやクリスマスだ。
子供はともかく大人はロマンチックな気分に流されて、日頃は言えないこともムードってやつでペロッと言える事がある。
好きだとか、なんかそういう類いのアレだ。
頑張ってそれまでに仕事を調整するんだから、サンタにもご褒美があったっていいじゃないかと開き直る。
リストは直ぐにチェックが終わり、思ったよりも暗部の任務のみを請け負う忍が少なくてホッとする。
火影確認印をそれぞれのリストに押して、シカマルへと手渡す。
「じゃあ六代目はサンタクロースで、イルカ先生はトナカイでいいですか?」
やる気の無さそうに仕事を進めるシカマルだが、決まったことに対してのシカマルの仕事は無駄がない。
そうだねと頷けば、期日までにはきちんと手配されている。
「トナカイ…」
イルカ先生がにわかに不安そうな声を出す。
「先生、サンタクロースの方が良かった?俺トナカイしますよ?」
「いや、滅相もありません。主役はカカシ様ですから」
また様だ、と俺の眉間にシワが寄る。
めいっぱいわざとらしいため息をついて、さも困ったように言ってやる。
「もう。様はやめてください。先生とのコンビ、楽しみにしてますね」
「じゃ、衣装やソリやプレゼントは用意しておくんで」
浮かない顔でハハハと力無く笑うイルカ先生に、さすがにちょっと強引な誘いだったかな?と反省する。
気乗りしなさそうな表情に、ほんの少し胸が痛んだ。
業務と業務の合間を縫って、息抜きならぬ打ち合わせのためにイルカ先生の居る校長室へ向かう。
いつもなら開いているドアが、今日に限って鍵がかかっている。
アポも何もなしで来たし、昼食にでも出かけたのかな?と職員室に行けば、なんでも今日は有給をとっているらしい。
なんとなくザワザワする。
そこに通りかかったモブ川中忍が、気の毒そうにイルカ先生の不在の理由を教えてくれる。
「なんでも里の外に用があるらしくって、午後に半休を取って帰りましたよ」
聞いていない。
ここだけの話だけれど、イルカ先生にはこっそり外出制限をかけている。
次期火影候補のナルトの弱点でもあり、あの人自身が機密事項の塊で出来ているようなものだ。
本人も自覚があるからか、ここ最近は趣味の湯治も近場で済ませて、外交あるいは指定任務でもないと里の中から出ないでいる。
その先生が理由も言わずに外へと行く。
胸がざわつく。
もしや俺の下心がバレた?
クリスマスに行事とはいえ無理やりにサンタに付き合わせたのは、やっぱり気持ち悪い行為だったのだろうか。
よもや俺から身を隠すために里抜け?
とんどんと考えが悪い方へと進む。
「モブ川中忍。イルカ先生はロッカーに着替え入れてると思うから、出来るだけ小さい布を火影室まで大至急で持ってきて」
「子供じゃあるまいし」というシカマルの冷ややかな目線を背中に、「だって聞きたいこともあるし」と、午後からの予定を明日へと延ばす手続きをする。
幸い変えられない程の物はなくて、「めんどくせぇ」といいながらも優秀な部下が何とかしてくれる。
「持って参りました!」
先程頼んだ布が早速届けられる。
里の忍はみんな有能なので、頼んだことに対するレスポンスはいつだって早い。
「ありがとう。もう出るから机の上に置いててくれる?」
身軽さを最優先にして、あえて荷造りなどせずヒップバッグに財布を入れている程度。
さぁ、イルカ先生の臭いがついた布を持てば出発だ。
「こちらです」
そういって机の上に広げられたのは、使用感たっぷりのくたくたの布地。
パンツ。
トランクス。
白と水色のシマシマ。
思わず俺は二度見した。
シカマルなんかはご丁寧に舌打ちまでした。
パンツの左腰部分にはフルネームでうみのイルカと書かれていた。
間違いなくイルカ先生のものだし、イルカ先生のパンツだ。
事情を知らない部下のドン引きした目が痛い。
誤解だから。
ほんと誤解だから。
確かに指示した通りだ。
尾行用に使うと説明しなかった俺が悪い。
よりによってパンツ。
触れてはいけないオーラを放つパンツ。
もう一度違う布を持ってきてもらうロスタイムは避けたい。
尾行をするためだから。
「臭いを嗅ぐだけだから」
端的に説明しようとして、純粋な変態みたいな発言になった。
俺の長年の片想いを見て見ぬふりをしてくれるシカマルは、いつも以上に目が座っている。
完全に犯罪者を見る目付きだ。
このまま固まっていても仕方ないので、机の上のパンツをズボンのポケットにねじこむ。
シカマルだって、これはあくまでも必要な物だってわかっていてくれる筈なのに、「人生で一番幸せって顔っすね」と、全く声に感情が乗っていない。
イルカ先生のパンツだから嬉しいんじゃない。
イルカ先生の持ち物に触れられることすら嬉しいの!
恋に惑う男と笑うがいい。
追いかけるチャンスがあるだけ上等だ。
阿吽の門を出た直後、木の影に隠れながらイルカ先生のパンツを鼻へと当てる。
すぅと大きく息を吸い込む。
太陽の光の匂いと、少し甘いような、脂や汗や、砂、墨、忍御用達の体臭の無臭化を謳った洗剤を感じる。
色々と少しずつ雑多な臭いが重なって、イルカ先生というたった一人の人物像を作り出す。
…正直少し反応するよね。
何とは言わないけど。
パンツだし。
好きな人の匂いだし。
出来ればこう、ぎゅーっとイルカ先生を抱き締めてる時にうなじから薫るとか……ねぇ?
嗅粘膜へとその匂いを染み込ませて記憶する。
阿吽の門は人の出入りが激しいので、他人の臭いや、荷を運ぶ乗り物や動物の臭いで満ちている。
銘々が好きに動くせいで、せっかくの匂いが四方八方散り散りに。
それでも記憶した匂いは間違わない。
北へ。
匂いが呼ぶ方へと俺は走った。
イルカ先生の匂いはわかっているから、すぐに捕まえられると思っていたのは、ある意味正しくて甘かった。
終われていると思っていないのだろう。
匂い消しなどは全くされていない。
けど、なんなのあの人?
メチャクチャに早い。
俺は短距離でも長距離でも自分を遅いと思ったことはないが、イルカ先生の速度は異常だ。
内勤で腹に肉がついちまいました、なんて酒の席で笑っていたが、現役飛脚業でもここまで走れる者はなかなかいない。
三代目様のお使いだとかで、ちょくちょく外に出されていたのは三代目からの信頼が厚いからだけではなく、実力に裏打ちされた能力に見合った任務だったのかと今さら改めて思い知らされる。
俺の全速力でもって走り続けて早三時間。
心臓が喉から飛び出すんじゃないかという所で、呑気に峠茶屋で甘酒に味噌団子で一服いれていたので捕まえた。
健脚に加えて健啖という、主食がラーメン以外は極めて健康優良成人だ。
そして俺の姿に気付いた瞬間、口へと含んでいた甘酒を盛大に吹き出す。
「ほかっ、カカシさん!?」
そうだね。
火影と呼ばなかったことは誉めておくね。
どういう立場で俺がここに居るか、迂闊に呼ばないっていうのはいい判断だ。
これ以上の追いかけっこは勘弁だと、イルカ先生の手首を掴んで真横の座席に腰を下ろす。
「さて、なんで先生が外に出るのかな?」
黙って里から出ていってまで、何がしたかったのかを聞かせて欲しい。
まぁイルカ先生だし。
里を裏切るような心配はしていない。
心配なのは俺の気持ちがイルカ先生に洩れているかどうかということ。
それがイルカ先生にプレッシャーやら、セクハラになっていないかということ。
それでイルカ先生を苦しめていないかということ。
イルカ先生自身を気遣うというより、保身だなと自分の浅ましさは見ないフリ。
何か言いかけて口元がもぞりと動き、結局は何も言わずに目を反らされる。
イルカ先生が言うまで根比べをする気満々の俺の気持ちを悟ったのか、諦めたみたいに重い口を割る。
「俺、トナカイ見たことないんです」
トナカイ?
急に飛び出したトナカイに、そういえばトナカイ役と決まったときに浮かない表情をしていたなと思い出す。
「でも先生、トナカイなんて絵とか写真とかでも映ってるじゃない?」
言えば傷付いたみたいな顔で横を向く。
まだ何かあるなと見越し、再び先生が口を開いてくれるまでゆっくりと待つ。
たっぷり5分ほどしただろうか。
チラリと俺を見たあとに、しかめっ面で言葉が足される。
「カカシさんのサンタの足を引っ張らない為に、りっぱなトナカイになろうとしたんです。図鑑や絵葉書も見て。そしたら、チンチンが見えなかったんです」
チンチン。
つい復唱しかける。
イルカ先生、チンチンはチンチン派なんだとか、全くもって以降の内容が頭の中に入ってこない。
あ、チンチンね。
そうだね。
あんまりアップとかで映らないね。
誰も興味ないだろうし。
ほんのちょっと照れてる所が可愛いなとか、イルカ先生の口から飛び出すチンチンはなんかエロさよりもくすぐったさがあるなとか、今日一日でイルカ先生の事についてパンツから性器の呼称についてまで色々知れたなとか。
いや、なんでチンチン程度で極秘裏に里外へ?
「変化の見本にしたトナカイのチンチンが粗チンだったら、俺だけ気付かないかもって思ったらいてもたってもいられなくて。この先にあるキタノクニ動物園になら本物のトナカイがいるから、平均値を調べてこようって出てきました」
チンチン。
粗チン。
真剣なイルカ先生の表情。
これはなんだ?
パンツを含めて今日一日は一足早いクリスマスか?
妄想か願望か。
手の中で冷たくなって行く味噌団子。
もうちょっとイルカ先生のチンチンを聞いていたいところだけど、早く帰らないと俺の長年こじらせきった片想いの末の暴走に繋がりかねないと判断を下す。
「頑張ってくれたところごめんね。先生のトナカイ、キグルミです」
鳩が豆鉄砲をくらうときっとこういう顔をするんだなという程に驚いた表情のイルカ先生。
テーブルの上に勢いよく上半身ごと崩れ落ちる。
ゴチンという鈍い音。
耳も、首筋も、テーブルを引っ掻く指の腹までが赤い。
「じゃあ、帰りましょうか」
もみの木やら、イルミネーション、赤と緑のカラーリングで、町を少し歩くだけでもお祭りムードですれ違う人達はみんな幸せそうだ。
クリスマス当日は、昼からイルカ先生と二人でサンタとトナカイ。
重い荷物も順調に減り、子供達の笑顔ですっかり心がポカポカする。
「正直少し不安だったんですけど、やってみるとやっぱり楽しいものですね」
子供の扱いに慣れたイルカ先生でも不安だったのかと、少し驚いた。
「生徒達にも案外俺ってバレなかったのは、複雑な心境です」
いつになく饒舌なイルカ先生と、それを笑って聞いている俺。
サンタとトナカイだから、荷物を半分ずつ持って荷物越しの手繋ぎ。
「イルカ先生が良ければ、来年も一緒にプレゼントを配りに来てくれますか?」
「ええ、喜んで」
トナカイの被り物のせいで全く顔は見えないけど、きっと俺の好きなピカピカの笑顔でいるんだろうなと弾む声に嬉しくなる。
「じゃあ来年のクリスマスまで、俺の隣に居てくれませんか」
聖なる夜だから。
ロマンチックな気分だから。
こんな日に二人で何かをするなんて、先生にちょっとでいいから俺の気持ちを知って欲しい。
「そんな未来を、望んでも良いですか」
グズグズに泣いたせいで、トナカイのマスクを取っても赤い鼻の先生と、ニコニコ顔のサンタの俺。
プレゼントを配る事に今まで以上にやる気がみなぎる。
プレゼントは俺なんてベタなものをやってみたいが、先ずは子供が優先だ。
サンタとトナカイとして里中走り回った深夜、まだアカデミーにも入らぬ子供が眠い目を擦りながらも俺達二人を見送ってくれる。
可愛いねと手を振っていたが、サービスが過ぎたのか紅葉のような手の幼女がイルカ先生の手を握る。
ニッコリと天使の笑顔でトナカイへと労いの声をかける。
「サンタさんも、トナカイさんもまたね」
来年もいい子にしてたらね、と慣れた挨拶を返す俺と固まるイルカ先生。
「……と、トナ?」
この世の終わりのような、絶望で震える声。
そうか、初めてのトナカイとしての挨拶か。
堪えようとしたものの上手く出来ず、爆笑しすぎて頬が痛い。
イルカ先生が八つ当たりでガンガンと俺の脛辺りを蹴ってくる。
「ごめんって。痛いってば」
この人と居られれば、人生で一番幸せを毎日更新し続けられるんだろうなと確信する。
メリークリスマス。
どうも。
トナカイの恋人のサンタクロースです。
written by 高井田 律子(@takaidarituko)
back